鬼束ちひろ

2012/05/21

続・「鬼束ちひろ」の過去の虚像から最も不自由なのは誰か

昨日、鬼束ちひろと彼女の過去の虚像について書いた。

ツイッターのフォロワーさんからコメントがあり、本人はそれほど深く考えていないのではないか、タトゥーもそんな意味で入れたのではないだろう、というご意見をいただいた。

もちろん、僕は大きなお世話であることを承知で書いており、鬼束ちひろ自身が何を考えているのかは本人にしかわからない。

ただ、鬼束ちひろがインタビューされるたびに同じ答えが返ってくることがらについて、本人がそれほど深く考えていないとするのは、やや不自然だと思う。

僕が書きたかったのは、単なる個人的な仮説だが、鬼束ちひろは自分にウソをついているかもしれないということだ。「意地を張っている」とでも言えばいいのか。

もしこの仮説があたっているとすれば、鬼束ちひろは、今のところ実体あるものを失わずに済んでいるが、これから失う可能性があるということだ。

大きなお世話であることを承知で説明をつづける。

彼女は今月発売の『TATTOO BURST』の松田美由紀との対談でも、過去の虚像は本当の自分ではなかったと語っている。エッセー『月の破片』にも同じことが書かれている。

そして『TATTOO BURST』の対談では、過去とイメージが変わったことで、世間にあれこれ言われることにはもう慣れた、と語っている。「初めから気にしていない」のではなく、「もう慣れた」のだ。

また鬼束ちひろは、いまの自分の音楽は聴きたい人が聴いてくれればいいと語っている。『BARFOUT!』201号のインタビューでも、ニコニコ生放送の『包丁の上でUTATANETS』でもくり返し語っている。

鬼束ちひろが、初めから自分の聴衆の人数について意識していないなら、このようなことを違う場所でくり返し語る必要はない。

過去の虚像と印象が変わったことで世間からいろいろ言われることを「もう慣れた」と言い、自分の聴衆の人数について「聴きたくなければ聴かなくていい」と言う。

あえて語る必要のないことを語ることで、鬼束ちひろはその言葉以上のことを語っている。

それは「本当は慣れるのに時間がかかった」ということであり、「本当は聴衆の人数を気にしている」ということだ。

ところで今月の『BARFOUT!』には、平野綾の新譜についてのインタビュー記事も掲載されている。

個人的に平野綾には興味が無い。ただ、彼女はこの記事で、ニューアルバムでこれまでと違うイメージの打ち出しをするにあたり、今までのファンにも違和感がないように注意した、と語っている。

平野綾が鬼束ちひろのように「聴きたくなければ聴かなくていい」と言い切れないのは、鬼束ちひろのような突出した実績も才能もないからだ。

ただ、もし鬼束ちひろが今のスタイルでデビューしていたら、今の鬼束ちひろの地位は存在しなかっただろう。才能があっても、認知されるきっかけがなければ、才能は埋もれる。広く認知されるには、虚像を作り上げ、既存の社会の価値観に媚びるしかない。

それをいちばん分かっているのは、鬼束ちひろ自身のはずだ。

鬼束ちひろは、現実に多くの聴き手を失いつつある。オリジナルアルバムの累計売上を見てみる。初動ではなく累計だ。

『LAS VEGAS』(2007/10/31発売) 46,659枚
『DOROTHY』(2009/10/28発売) 23,027枚
『剣と楓』(2011/04/20発売) 11,167枚

ちなみに、サブカル歌手・声優である平野綾の直近のオリジナルアルバムの累計売上を見てみる。

『スピード☆スター』(2009/11/18発売) 29,674枚

鬼束ちひろはこの4年間、アルバムを出すごとに聴衆が半減している。言葉どおり、いまだに虚像を追い求めている聴衆を切り捨てることに成功している。

今のところ彼女の音楽は、ほぼ日本国内にしか届いていない。日本より保守的なアジア圏の聴衆は、ほぼいなくなっただろう。(『LAS VEGAS』は正規の台湾版が発売された)

『BARFOUT!』のインタビューで彼女は、ロスやニューヨークはとても気に入っているが、英語によるコミュニケーションは不得意だと、正直に語っている。彼女の英会話力が、たとえば関根麻里のようなレベルにないことは明らかだ。

30代の彼女がこれから欧米の音楽シーンで高い知名度を獲得することはまず不可能だろう。

鬼束ちひろ(1980年生)は洋楽のフォロワーであって、ジャズ・ピアニスト上原ひろみ(1979年生)のように、欧米でも独自の個性を打ち出せるアーティストとは言いがたい。

『LAS VEGAS』で復帰した後の鬼束ちひろの状況を全体として見れば、すでに多くの聴き手を失いつつ、なおも聴き手を選別しつづける、突出した才能をもつアーティストということになる。

過去の虚像を失っても、鬼束ちひろは実体のあるものを何も失わない。しかし、過去の虚像をまるで実体があるもののように、過度に否定することで、過去の虚像を追い求めていた聴衆という、実体のあるものを鬼束ちひろは失いつつある。

これは究極的には、聴衆のいないアーティストが成立するか?ということだ。

なお、鬼束ちひろの虚像が歌ったオリジナル・アルバムの聴衆は以下のような規模だった。

『インソムニア』(2001/03/07発売) 1,344,726枚
『This Armor』(2002/03/06発売) 510,368枚
『Sugar High』(2002/12/11発売) 294,952枚

これだけ多くの聴衆という実体あるものを失うことと、作られた虚像という実体のないものを捨て去ることは、はたして釣り合うのだろうか。

僕には、実体のない虚像を捨て去る代償として彼女が失った実体のあるものが、あまりに大きすぎるように思えるのだ。もう少しうまい、現実の聴衆との折り合いのつけ方はないのだろうか。

うん。まったく大きなお世話だ。

大きなお世話だけれど、『剣と楓』のような素晴らしいアルバムが、たかが彼女のエキセントリックな外見ごときもののために、まだ鬼束ちひろを知らない新しい聴衆から見向きもされないのだとすれば、あまりに悲しいことではないか。

自分で新たな虚像を作ってでも、世間に媚びてでも、届けるべき自分の作品を新たな聴衆にも以前からの聴衆にも届けるほうが、アーティストとして賢明な選択とは言えないか。

鬼束ちひろは自分のファッションを貫くことと、自分の作品をより多くの聴衆にとどけることの両立に、いまのところ失敗している。なぜ聴衆を獲得するのに失敗する道の方をわざわざ選ぶのか、凡人の僕にはまったく理解できない。

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2012/05/20

「鬼束ちひろ」の過去の虚像から最も不自由なのは誰か

今月発売の『BARFOUT!』巻末に鬼束ちひろのニューカバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』についてのインタビュー記事が掲載されている。

先日このブログで、鬼束ちひろの言う「王道」はもはら無数の「サブカルチャー」の一つでしかなく、現代に「王道」と呼べる「メインカルチャー」はいかなるかたちでも存在しえない、と書いた。

それを証明するかのように、彼女の今回のカバーアルバムを大々的にインタビューでフィーチャーしている雑誌は、れっきとしたサブカルチャー誌である『BARFOUT!』のみ。

同じ201号には、平野綾、May'n、カジヒデキまで登場する。そういう『BARFOUT!』がサブカル誌ではなく、「王道」のメインカルチャー誌だと言いはるのは詭弁だ。

まして同じく5月発売の「本邦初のタトゥー専門情報誌」『TATTOO BURST』の巻頭を、女優であり写真家でもある松田美由紀の撮影・インタビューによる鬼束ちひろの記事が飾っている。

「本邦初のタトゥー専門情報誌」も絶対に「王道」のメインカルチャー誌とは言えない。出版社はボーイズラブから、グラビア誌や、いわゆる「実話」誌まで、さまざまな筋金入りサブカルチャー誌を出版しているコアマガジン社だ。

『BARFOUT!』のインタビューで、鬼束ちひろが『FAMOUS MICROPHONE』に寄せたことば「批判するわけではないけれど、/サブ・カルチャーが流行りとされている/この世間で、王道を行く。/私、鬼束ちひろはいつの時でも/そういう歌を歌い、そういう歌のように/生きています。」について、彼女は同じ趣旨のことをくりかえしている。

そして立派なサブカル誌である『BARFOUT!』の編集長・山崎二郎氏は「耳が痛い」と謙遜している。

鬼束ちひろは、その聞き手としての編集長の謙遜に、気づかないフリをしているのか、本気で自分が「王道」であるメインカルチャーを歩んでいると信じているのか、僕には分からない。

しかし、本物のタトゥーを入れるということは、少なくとも日本ではいかなる意味でもメインカルチャーとは言えない。

僕はタトゥーを入れる行為そのものが悪だと言いたいのではない。タトゥーを入れるのは完全に個人の自由で、誰にもそれを止める権利はない。

しかし、タトゥーを入れるというやや特殊な行為だけでなく、たとえば僕らが単にいつものように朝食をとるとか、休日に友だちに船を出してもらって釣りに出るとか、量販店で50インチの液晶テレビを買うとか、そうしたすべての行為は、自分自身だけで完結せず、必ず何らかの社会的な意味を否応なく帯びてしまう。

僕らの食べる朝食の食パンが、代官山で買った一斤350円のものか、100円ショップで買った105円のものか。牛乳が高温殺菌されたものだとすれば、なぜ低温殺菌の牛乳が手に入りにくくなったのか。

休日に友だちに船を出してもらう、その船を運転している友だちが、なぜ船舶免許をとることができたのか。

量販店で買った50インチの液晶テレビは、国産か、韓国産か、それ以外の国のメーカーのものか、そしてじっさいにどこで生産されたものか。そもそもなぜ19インチではなく、50インチでなくてはならないのか。

そうしたことはすべて、自分と社会との関係において、かならず何らかの原因を持ち、帰結をもたらす。

原因とよべるほど因果関係がはっきりしなくても、僕らの日常の一挙手一投足は、それに先立つ社会と自分との相互作用がある。「考えるのが面倒だったので、ただ何となく」という理由もふくめて。

そして、僕らの地上の一挙手一投足は、その後に起こる社会と自分との相互作用を必ずともなう。社会に何の反応も起こさなかった、という作用もふくめて。

タトゥーを入れるという行為には、とても残念ではあるけれども、現代の日本社会では行動が否応なしに狭められるという結果を生む。

たとえ社会の不寛容の側に非があると文句を言ったところで、現実として認めざるを得ない帰結だ。社会通念はたった一人の人間に、かんたんに変えられるようなものではない。

大阪市の職員も、職員である前に一人の市民であり、タトゥーを入れるのは完全に個人の自由だ。ただ、橋下という人物が市長である事実をかんたんに変えることはできない。変えるのであれば、それなりの戦略や狡猾さが必要だ。

それを持ち合わせていないなら、より寛容なコミュニティーに移住するか、社会の寛容さを獲得するための「運動」をするしかない。

残念ではあるけれども、まことに残念ではあるけれども、いまの日本社会で体のあちこちにタトゥーのある女性歌手が「王道」を歩むことはできない。

くり返しになるが、そういう日本社会の不寛容を恨むなら、その社会を変えるよう努力をしなければならない。

ただ「自分は王道を行くアーティストだ」と宣言するだけでは、単に、自分しか見えておらず、社会が見えていない人物という評価をうけるだけだ。

あるいは、「自分はかつて王道だったサブカルチャーを生きるアーティストだ」と、正直に宣言するのがよい。

鬼束ちひろが『月光』でスターダムにのし上がって、その後再起を果たすまでに失ったものは、作り上げられた虚構としての「鬼束ちひろ」の名声だ。

鬼束ちひろがよく言う「Aラインの洋服ばかり着せられて『清楚』なイメージをつくられた虚像」としての「鬼束ちひろ」は、まさに彼女の言うとおり、単なる虚像である。

鬼束ちひろは彼女自身の個性を失ったわけではない。実体のあるものを失ったわけではなく、単に他人の作った虚像を失っただけである。

つまり彼女自身は、実は何一つ失っていないのだ。逆に、彼女自身を取り戻したのである。

にもかかわらず、鬼束ちひろは、いまだに自分自身が何か実体のあるものを失い、それを取り返すために何かをしなければならないと、誤って思いこんでいる。

例えば、彼女がもともと、デビュー時に作られた虚像とは無関係な仕方で音楽を愛していたのなら、歌うためのエネルギーの通り道として、自分の体に新たなものを付け足す必要はまったくないはずである。

なのに彼女は、そのために左腕にタトゥーが必要だったと、いまだに語りつづけている。

結局のところ、他人が作り上げた虚像を、いまだに実体のあるものだったと、もっとも強く信じ続けているのは、鬼束ちひろ自身ではないのか。

いまだに『月光』ころのイメージを、鬼束ちひろの実体だと勘違いしている人々とまったく同じように、鬼束ちひろ自身もその虚構を実体だといまだに信じて、それが「失われた」という喪失感を抱いている。

喪失感がないのであれば、鬼束ちひろはただデビュー前の自分にもどれば十分であって、そこに何かを付け足す必要はないはずだからだ。

僕が今の鬼束ちひろについて、よく理解できないのはこの点なのである。

単にデビュー前の彼女にもどって、彼女の原点であるさまざまな洋楽を歌い、それらにインスピレーションを得た曲を作ればよい。彼女がなすべきことは、きわめてシンプルであるはずだ。

それを、なぜわざわざ日本の多くの聴衆に嫌悪されるような、余計な装飾、つまりエキセントリックなファッションやアイメイク、タトゥーのようなものを、意図的に付け加える必要があるのだろうか。

あるいは彼女はやはり真面目すぎるのかもしれない。

虚像であっても、それがいったん聴衆に受け入れられれば、それを実体として甘受するのがアーティストである。

真面目な鬼束ちひろはそう考えてしまうからこそ、かつての「鬼束ちひろ」を実体とみなして、それをふり払うために余分な力をふりしぼらなければならないのかもしれない。

でも、自分が過去の虚像に縛られていることを、エキセントリックなファッションやアイメイク、タトゥーのような「目に見えるもの」で、わざわざ今の聴衆に見せる必要はないだろう。

例えば今回のカバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』で、初めて鬼束ちひろというアーティストに出会う若者もいるかもしれないではないか。

そういう若者が目にする鬼束ちひろが、過去の虚像からの離脱しようともがいているアーティストである必要はまったくない。ありのままに、そこで歌っているアーティストであればよい。

過去の「鬼束ちひろ」という虚像にいちばんこだわっているのは、昔からの鬼束ちひろファンでもなく、これから鬼束ちひろと出会うかもしれない若者でもなく、ほかならぬ鬼束ちひろ自身のような気がするのだ。

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2012/05/14

鬼束ちひろの着地点はあるか?

今回は、鬼束ちひろの着地点について書いてみたい。

2012/05/30に鬼束ちひろによる洋楽カバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』が発売される。その発売に彼女は以下のようなコメントを寄せている。

このアルバムには、タイトルのとおり、「有名なマイク」が収められています。批判するわけではないけれど、サブ・カルチャーが流行りとされているこの世間で、王道を行く。私、鬼束ちひろはいつの時でもそういう歌を歌い、そういう歌のように生きています。
このコメントの「王道」は「サブ・カルチャー」に対するメイン・カルチャーと理解していいだろう。鬼束ちひろは、自分があくまで「王道」であるメイン・カルチャー側のアーティストだと語っている。

しかし現代に「王道」と言えるメイン・カルチャーはもはや存在しない。無数の「サブ・カルチャー」どうしが横並びで存在しているだけだ。

おそらく鬼束ちひろが想定する「王道」とは、西洋の、それも主に英国と米国のポップカルチャーのことで、そこには典型的にはディズニーやハリウッド映画が中心的な位置を占める。また『SEX AND THE CITY』や『LOST』などの米国のTVドラマも含まれるだろう。

日本国内の具体的な場所で言えば、次のようなものになるだろう。

ディズニー・ランドやユニバーサル・スタジオのようなテーマパーク。costcoのような会員制ホールセール・ストア。マクドナルドやバーガー・キングのようなファストフード店。米国資本の映画会社が経営するシネマコンプレックス。スターバックスのようなカフェ、などなど。

これら米国文化は、確かに1980年代後半くらいまでは、日本国内のポップカルチャーの「王道」だったかもしれない。

映画で言えば、米国ハリウッドだけでなく、英国発の『007』シリーズも日本国内で高い興行収入をあげていた時代までである(ちなみに僕は小学生のころ『007』シリーズの大ファンだった)。

しかし、1990年代以降、英米発の映画、音楽、TVドラマなどは、1980年代以前にこれら英米系のポップカルチャーで育った人たちの懐古趣味、「かつての王道」になってしまう。

映画では水野晴郎(1931年生)が語るハリウッド映画の魅力、音楽では小林克也(1941年生)が語る1980年代以降のビルボード・チャートが、「かつての王道」だった英米系ポップカルチャーの代弁者だ。

「王道」は懐古趣味になった途端、「王道」ではなくサブ・カルチャーになる。

マドンナなどの例外は存在するにしても、シンディ・ローパーなど1980年代以前のビルボード・チャートをいろどったアーティストは、もはや現役で生き生きと活躍する存在ではない。

ニルヴァーナなどのオルタナ以降のロック全般、ポップスのなかでもレディー・ガガなどに至っては、明らかに限られた聴衆にしか受け入れられない「サブカルチャー」のアイコンであることは明らかだ。

その最大の理由は、1990年代以降、音楽では日本国内で英米系のポップスとは違うJ-POPの巨大な市場が成立し、国内需要だけで成立するアーティストが無数に生まれたことにある。

1980年代までの日本の音楽シーンは、1970年代以前から活躍をつづけるフォークやニューミュージック系のアーティストと、国民的アイドルと、国民的演歌歌手が支配していた。

しかし1990年代以降は、それらのどこにも属さない「アーティスト」として、さまざまなソロ歌手やバンドが次々にミリオンヒットを出す時代になった。Mr. Children、ドリカム、浜崎あゆみ、ZARDなどなど。

J-POPというジャンルの登場で、ビルボードのヒットチャートに代表される英米系ポップスやロックを聴かない層が生まれ、英米系の音楽全体がサブカルチャー・シーンに後退した。

映画にも同じことがいえる。

それまで主にハリウッド映画と、巨額の予算と広告費を投じた角川映画を典型とする国内映画作品の、ほぼ二種類しかなかった映画に、二つの新しい流れが生まれた。

一つはミニシアターで上映される英米以外の国の外国映画作品。

もう一つは周防正行(1956年生)や矢口史靖(1967年生)などを典型とする、角川の手法を小ぶりにしたような、TVドラマとも連動したメディアミックス展開をする国内映画作品が多数製作されるようになったこと、である。

メディアミックス展開する国内映画には、アニメ作品も含まれる。

スタジオ・ジブリ作品はもちろんのこと、1980年代から劇場版が作られた『ドラえもん』をはじめ、『クレヨンしんちゃん』や『セーラームーン』など、1990年代以降、劇場版が制作されるTVアニメシリーズが増えている。

ハリウッド映画が「王道」たりえた時代は、日本各地の繁華街にある巨大スクリーンに、その時期の主要作品がドカンと上映される、というパターンだった。だからこそ英米系の映画が「王道」たりえたとも言える。

しかしミニシアターの登場や、シネマコンプレックスの普及によって、ハリウッド作品は、小さなスクリーンで上映される無数の作品のうちの一つに過ぎなくなる。

このように、音楽にしても映画にしても、かつてメインカルチャーだった英米系のポップカルチャーは、今ではすっかり多数の選択肢のうちの一つになってしまった。

日本のポップカルチャーだけでなく、韓国発のポップカルチャーなども含めた選択肢の中の一つにすぎない。

多くの選択肢の一つにすぎなくなった英米系のポップカルチャーは、もはや「王道」とは呼べない。

鬼束ちひろの『FAMOUS MICROPHONE』の収録曲を見ても、明らかに今となってはサブカルチャーとなってしまった、かつての「王道」以外のなにものでもない。

そもそも現代のポップカルチャーに「王道」という中心は存在しない。当然といえば当然だ。

問題は、鬼束ちひろが「王道」が現代にも実在すると信じていることにある。

無数のサブカルチャーの島宇宙が、横ならびで存在する現代に、もはや「王道」など存在しないのに、支配的な「王道」(=「王」とはまさに支配者なわけだが)が存在すると誤解していることが問題なのだ。

それは、鬼束ちひろ自身の最近のファッションが、「王道」の自己否定であることからもわかる。エキセントリックな洋服や体中のタトゥーは、「王道」ではなく完全にサブカルチャーだ。

ウソでも「王道」を標榜するなら、鬼束ちひろのファッションは、少なくとも最近のシンディー・ローパー程度には物わかりのいいもののはずである。

もちろん、僕は鬼束ちひろの今のファッションがダメだと言いたいのではない。徹底してサブカルチャーを追求するのは、鬼束ちひろの自由だ。

しかし、実際にはサブカルチャーであるものを、「王道」だと言い張って、自分自身や潜在的なリスナーたちにウソをつくのはやめた方がいい。

自分が正しいと思って選択したものに、いちいち「サブカルチャー」ではなく「王道」だなどと語り、まるで外部の権威を借りて理由づけをするようなやり方は、いさぎよくない。

なぜシンプルに「私の大好きな曲たち」と言い切らないのだろうか。

わざわざ、まるでそれが今なお「王道」として世界を支配していると言いたげに「FAMOUS」という形容詞をつける必要があるのか。

そこに、いまだに残る鬼束ちひろの屈折があると思う。もちろん屈折があること自体、悪いことではないが、屈折がある限り、鬼束ちひろが今の音楽シーンにうまく着地できる場所は存在しないだろう。

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2011/12/20

鬼束ちひろの10年ぶりのライブ参加報告

鬼束ちひろ10年ぶりのライブに行ってきた。

神戸、名古屋、東京の3公演のうち、最終回、2011/12/17東京国際フォーラムホールAの公演。正式なタイトルは『鬼束ちひろ CONCERT TOUR 2011 「HOTEL MURDERESS OF ARIZONA ACOUSTIC SHOW」』。

なお、今回のライブを収録するDVDはこの東京公演の模様なので、ご興味のある方はDVDをご覧いただきたい。

鬼束ちひろの過去のライブはDVDでしか観たことがなく、実際に参加したのは初めてだ。

2011/07/24北海道での夏フェス「JOIN ALIVE」に出演したときは、エキセントリックな歌唱の模様がネットニュースで伝えられたり、その後のニコニコ生放送のレギュラー番組でのぶっ飛び具合が、ナインティナインのオールナイトニッポンでも話題になったり、正直どんなライブになるか心配だった。

先行予約で入手したチケットは二階席だったが、直前にミクシィで一階席10列目という良席を定価でお譲りいただき、やや舞台下手よりだったが、ほぼベストな位置で観ることができた。

公演時間は1時間半とコンパクト。伴奏は彼女の『DOROTHY』のプロデューサーでもある坂本昌之氏のピアノ演奏のみ。

以前ここで取り上げた彼女の自伝エッセイ『月の破片』にもあったように、ライブの舞台は彼女がパニック障害を発症した場所でもあり、10年ぶりのライブがこれだけコンパクトでシンプルだったのは、慣らし運転ということだろう。

慣らし運転のためにプロのアーティストが6,500円もとるなよ、という意見もありそうだが、彼女のファンはライブの対価としてではなく、彼女が音楽活動を続けるための投資としてチケットやグッズを購入しているのだから、外野はとやかく言う必要はない。

ちなみにこのあたりは、ローレンス・レッシグの『Free Culture』や、岡田斗司夫と福井健策の対談本『なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門』を参照のこと。

開演前、東京国際フォーラムホールAは、フランツ・リストの『ラ・カンパネラ』がリピートされていた。(ピアノソナタやショパンの夜想曲ではないのでご注意を)

会場が暗転し、最小限の照明の中、坂本昌之氏の前奏が静かに始まると、舞台前方の大きなアートフラワーっぽいオブジェの後ろ、おそらく床にすわってスタンバイしていた鬼束ちひろが、客席に背を向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。

その衣装は意外にも光沢のある翡翠色のロングドレス。裾の長さはアンコール前の退場のときに初めて分かったが、彼女の背丈と同じくらい床に伸びていた。

七分袖の肩は高くふくらみ、両方の袖口から三日月のような形の飾り布が垂れ下がっている。デコルテは四角く開いていて、胸ぐりの縁にきらきらと輝く丸ボタンが等間隔で付けられていた。

背中の中央、縦のラインにも同じ丸ボタンが、胸ぐりより密な間隔でならんでいて、髪は腰までとどきそうな長い黒髪。メイクは高貴なロングドレスにほどよくつり合っている。

異界の王女とでも形容したい、美しくも妖しい姿に、まったく不意を突かれてしまった。

セットリストは他のファンの方がブログに書かれているので、ここには書かない。

一曲歌い終わるたびに、ロングドレスのひざのあたりを両手で少し持ち上げ、上手、中央、下手の順に、客席に向かって微笑み、ちょこんと腰を落としてお辞儀をする。まるで貴族の舞踏会で、婦人たちがそうするとされているように。

開演してから数曲、静まり返った客席は、ただ彼女の歌に聴き入っていた。

3曲目あたりだったか、さすがに彼女自身、少し居心地が悪くなったのか、背を向けて次の曲の準備をしながら「何か言ってよ」とマイクにつぶやいた。それ以降は曲間にファンから声がかかるようになった。

ややリズムのはっきりした曲では、前奏や間奏の部分でドレスを持ち上げて回るように踊ったが、多くの曲では、マイクを持たない左腕の表現が印象に残った。過去のライブ映像で見るような、力強く大きな動きではなく、指先までたおやかで、目の前にある透明でこわれそうなものに、そっと触れるような動きだ。

歌唱については他のファンの方がブログに書いているように、声量を抑える部分で音程がやや不安定だった感は否めない。一方、サビなど声量が大きくなる部分は、声の伸びも表現力はすばらしい。

ただ、『蛍』の間奏直後のサビのリフレインにはハッとさせられた。ささやくようなファルセットは鳥肌が立つほど透明感があり、美しく響いた。

そして舞台前方のオブジェは、見間違いなら鬼束ちひろ本人に申し訳ないが、歌詞が表示されるモニターを客席から隠す役割もしていたと思う。歌唱の途中、ときどき彼女はそのモニターがあると思われる方向に視線を落としていた。

プロの歌手なら自分で作詞・作曲した歌の歌詞ぐらい丸暗記しろよ、と言いたくなるかもしれない。しかし、これはあくまで僕の勝手な推測だが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬か安定剤を長期服用していることによる、記憶力の低下のせいではないか。

彼女の自伝エッセイ『月の破片』を読めば、彼女が『月光』でブレイクした後の最も多忙な頃から今にいたるまで、不眠症に悩まされていることがわかる。なので、10年近く、何らかの睡眠薬か安定剤を服用し続けているはずだが、彼女はパニック障害の診断もあるので、ベンゾジアゼピン系の薬のはずだ。

僕自身、ベンゾジアゼピン系安定剤を10年以上服用しているが、加齢による記憶力の低下より速いペースで記憶力が落ちていると実感している。認知能力には全く問題ないし、日常生活に支障をきたすレベルではない。

だが、ただでさえ過剰な緊張症の彼女が、リラックスできないライブの舞台の上で、カンペなしで歌詞を完璧に歌うのは、まず無理だと思う。舞台に上がる前に緊張をほぐすために、安定剤を服用しているかもしれないし。

誰にも「持病」というのはあるので、歌手にとっては客観的にはプロ意識を疑われるかもしれないが、そのあたりは多めに見るべきではないかと個人的には思う。

最後の『Beautiful Fighter』は、坂本昌之氏のピアノ伴奏はサブで、鬼束ちひろ自身のギターの弾き語りだったが、ギターの腕は確実に上がっている。右手のカッティングはグルーヴ感を出すには程遠いけれど、左手のコードの間違いはほとんどなかった。

彼女は気まぐれだけれど、根が真面目という印象があるので、ギターだけでなく、ヴォーカルの方も本調子にもっていくべく意識的にトレーニングを続ければ、全体のパフォーマンス・レベルは確実に上がるはずだ。

曲間のMCで観客との掛け合いがあり、舞台と客席の距離が近いと感じたのも、アンコールでスタンドマイクを舞台中央に持ってきたのが、鬼束ちひろの実の妹さんだったのも、ライブの舞台をパニック障害を発症したときのような場にしないための、彼女なりの工夫かもしれない。

今回のライブで「致命的」な失敗をしないための彼女の神経のつかい方は、はたから見ている以上に実は大変だったに違いない。

『Sweet Rosemary』の歌詞じゃないけれど、人生は長いのだろう、彼女がアーティストとして活動する時間もまだまだ長いのだろう。今回のライブはそのリスタートの第一歩にすぎない、と考えるべきだろう。

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2011/07/25

JOIN ALIVEの鬼束ちひろを又聞きでレビュー

鬼束ちひろが、2011/07/24の「JOIN ALIVE 2011」(北海道・岩見沢)のステージで3年ぶりにライブをしたが、その様子がかなりブッ飛んでいたらしい。

こちら「豆柴・楓パパ」さんのTwitterを参照。

また「Listen.jp」の下記の記事を参照のこと。

『夏フェス会場騒然、鬼束ちひろ“クレオパトラ姿”でタンバリンを叩きつけ熱唱』(2011/07/25 Listen.jp)

以下、「豆柴・楓パパさん」の関連ツイートを引用させて頂きつつ、5月に彼女の渋谷の個展会場で、鬼束ちひろ本人に会って、小一時間、ファンの皆さんと雑談したときの彼女の様子をふまえて、コメントしたい。

その時の様子は、この「愛と苦悩の日記」の「鬼束ちひろにキスマークをつけられた件」(2011/05/14)に書いた。

なお「豆柴・楓パパ」さんのツイートは、一般の観客の方の反応としてはきわめて普通で、僕としては批判する意図はまったくないことを、最初に記しておく。


■見かけ上の攻撃性は自己防衛

「そして鬼束事件①ピアノとチェロのみのセットを見たときは美しいライブを期待したのですが(涙)なんとなくアカペラの1曲目から声にキレがなくロングトーンでも声がひっくり返ったり、様子がおかしく感じました。エジプト風衣装は「多少の演出」と思っていたのです・・・ #joinalive11」
原文はこちら

1曲目は4thアルバム『DOROTHY』収録の1曲目「A WHITE WHALE IN MY QUIET DREAM」だったようだ。

「美しいライブ」とあるが、鬼束ちひろについて、かつての「癒し系歌姫」的なイメージはもうない。Aラインのロングドレスで登場、などという期待はもってのほかだ。

最新アルバム『剣と楓』を聴くとわかるように、今の彼女にとって『月光』や『蛍』のラインの曲は、たくさんある作風のうちの一つの選択肢でしかない。

ライブでの歌唱が安定していないのは、ブランクがあったせいだろう。その状態でステージに上がるのが、プロとしてふさわしいかといえば、ノーだが、今回のライブの結果は、彼女自身が引き受けることだ。

声質も確かに以前とくらべて変化している。

年齢のせいと、あとは、昔のように極度のストレスからパニック障害になるほど多忙ではなく、スケジュールに余裕のある生活で、毎日声を出しているわけではないことからだろう。

彼女はデビュー当時から、ボイストレーナーに発声の訓練をうけることを拒否しているので、こうなるのは必然的な帰結だ。

エジプト風衣装という部分は、最近の彼女のファッション傾向を知らなかった観客には、かなり刺激が強かっただろうが、演出でも何でもなく、彼女の普段着より少し派手だっただけと思われる。

ファッションを含めて、最近の鬼束ちひろの見かけ上の「攻撃性」は、彼女が緊張状態にあるときの、自己防衛と考えていい。

個展会場での様子もそうだが、女性マネージャーと2人きりで話しているときや、一人で資料を読んでいるときなど、対人関係の緊張がないときは、きわめてふつうだ。

むしろ、僕の帰りぎわ、彼女が個展に来てくれたことに対して、ていねいにお礼をしてくれた様子は、ファンのこちらが恐縮するほどだった。

今年出版されたエッセー集『月の破片』を読むとわかるように、対人関係、とくにステージなど大人数を前にしたときの、鬼束ちひろの緊張症は、2ndアルバムのころからかなり重いようだ。


■『月光』のころの彼女はあやつり人形

「鬼束事件②2曲目は比較的よかったのですが、振り付けが自己満足の状態で演出として観客に伝わっていません。『おや?』この辺から衣装自体にも不穏なものを感じました。演奏終了後の奇声で大半の観客が凍り出しました・・・ #joinalive11」
原文はこちら

この曲は「豆柴・楓パパ」さんのツイートから『青い鳥』だろうと思ったが、Listen.jpの記事によれば、やはりそうらしい。

自己満足の状態の振り付けは、『X』(2009/05/20発売のシングル)のPVですでに見られ、『帰り路をなくして』(2009/07/22発売のシングル)のPVでも見られる。

もちろん『青い鳥』(2011/04/06発売のシングル)のPVにもあるので、昔からのファンにとっては、特に奇異なものではない。

ケイト・ブッシュがリンゼイ・ケンプに薫陶をうけたのと違って、鬼束ちひろの舞踏は我流で、バレエや日本舞踊などの基礎もないので、ヘンに見えるのは仕方ないだろう。

彼女のそういった経緯を知らない観客に、彼女の舞踏で何も伝わらないのは、ある意味、当然かもしれない。

『月光』時代の、一般受けするようにガチガチに演出された鬼束ちひろと、今のセルフプロデュースの鬼束ちひろは、全く別のアーティストというべきかもしれない。

「奇声」については、実際にどういった声だったかを聞けば、かなり的確に理由づけをする自信はある。

じゃあ岩見沢に行けばよかったじゃないか、と言われそうだが、僕はパニック障害で飛行機に乗れず、北海道では日帰りできないので仕方ない。


■鬼束ちひろとパニック障害

「鬼束事件③そして問題の3曲目。何やら必死に床のセットリストをいじり出す、どうやら歌詞だった模様。そして土下座状態で床にタンバリンを叩きつけながら歌う・・・最後は息切れとも喘ぎ声ともつかぬ声で終了。 #joinalive11」
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この3曲目はListen.jpの記事によれば「BORDERLINE」らしい。3rdアルバム『SUGAR HIGH』(2002/12/11発売)の最後に収録されている曲だ。

なるほど、「BORDERLINE」なら、タンバリンを床に叩きつけて、最後は喘ぎ声になるのもうなずける。最後のリフレインは、2002年当時の彼女でさえ絶叫でしている。そういう曲なので仕方ない。

また、鬼束ちひろはシンガー・ソングライターなので、英語の詞を含めて、歌詞を部分的に間違えることはあっても、歌詞カードを見なければ歌えないということはない。

なので、セットリストをいじり出すという行動は、もしかすると、パニック障害の「予期不安」のせいではないか。彼女が二度と味わいたくない、ステージ上での恐ろしい体験だ(詳細は彼女のエッセー『月の破片』を参照のこと)。

同じ公の場所でも、渋谷の個展の会場で僕が直接話した鬼束ちひろは、自分のファンとスタッフに囲まれ、そうした不安におちいらずにすむ。

しかしJOIN ALIVEは初めての会場で、最近の鬼束ちひろを知らない大勢の観客を前にして、この3曲目あたりで彼女は「予期不安」におそわれたのかもしれない。

仮にそうだとすると、手元にある物をもてあそんだり、身近にいる誰かとおしゃべりするなど、何とか発作にならないように気を紛らす必要がある。

演奏を続けつつ予期不安をおさめるには、セットリストをいじったり、タンバリンを舞台に叩きつけるなどの激しい動作で、注意を分散させるしかない。

パニック障害の予期不安から発作への流れを、何度も経験している僕としては、その不安は察するに余りある。死んでしまうのではないかという、かなりつらい状況だ。

「鬼束事件④4曲目はカバー曲らしいけど、なぜか黒人系を意識したと思われるダミ声で歌う・・・デス声に聴こえたのは私ぐらいか?気になったのは神経質にリストをいじる仕草。なんか精神的なコンディションが悪かったのでは?そう思いました。 #joinalive11」
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4曲目はListen.jpによれば、The Guess Whoのカバーで「American Woman」とのこと。レニー・クラビッツもカバーしているようだ。

ダミ声の件は、最新アルバム『剣と楓』の「NEW AGE STRANGER」というエレクトロポップで彼女が試みているような、今までの透明感のあるボーカルとは違う発声のことと思われる。

シングル『青い鳥』のカップリングになっている、アコースティック・アレンジの同曲の方が、その発声法がよく聴きとれる。

なのでダミ声についても、鬼束ちひろのファンにとっては経験済み。とくに目新しさはなかったに違いない。

それより気になるのは、神経質にセットリストをいじりつづける仕草で、上述のように、パニック障害の予期不安をごまかし、気を紛らせるための行動と考えると、説明がつく。


■自信過剰と自信喪失のはげしい落差

「鬼束事件⑤結局ラストになった持ち歌『Beautiful Fighter』直前のMCでは開口一番『おまえらはマゾだ!』う~ん・・・ホルモンでさえもう少し品があった気がする。しかもコード進行を把握しておらずグダグダに終わる。ヒット曲は大事な商品のはずだが? #joinalive11」
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彼女が仮にパニック発作寸前だったとすれば、とてもMCなどできる状態ではない。MCの内容が支離滅裂でもムリもない。

別に頭がおかしくなったわけではなく、とにかく不安感を紛らすために、何かをしゃべり続けないと、その場に立っていることさえできない。そんな状況だったとも考えられる。

そして、ギターのコード進行を把握していなかった件。鬼束ちひろは子供のころエレクトーンを習っているが、クラシック・ピアノの教育は受けていない。作曲にはピアノではなく電子キーボードを使う。

ましてギターは、5thアルバム『DOROTHY』以降に始めたばかり。いわば「三十の手習い」で、単純なカッティングで何とかコードは弾けます、というレベルに違いない。

今回のJOIN ALIVEでは、彼女としては新しい自分を見せるために、あえてギターに挑戦したのだろう。ファン・サービスのつもりだったのかもしれない。

公の場では自信たっぷりで堂々としているかのような言行を見せながら、ある部分で極めて自己評価が低いことは、『月の破片』を読むとよく分かる。

そんな彼女が今回のライブのために、一人の部屋で『Beautiful Fighter』のコードを練習している姿を想像すると、ファンとしては泣けてくる。

しかも、仮に本当にパニック障害の予期不安があったとすれば、この曲の頃には、すでに不安感は耐えがたいレベルに達していたと思われる。MCにも増して、ギターを弾く余裕など全くなかっただろう。


■あくまでしらふだが、コカコーラ依存

「鬼束事件⑥なぜかコーラを給水?スポンサーでもないのにラベル貼りっぱなし。そのあげく歌詞orセットを神経質に片付ける。突如メンバー紹介をしてピアニストにナゾのポーズを決める???そして遂に奇声一番でリストを放り投げ退場。 #joinalive11」
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コーラの件だが、鬼束ちひろファンなら知っているように、デビュー当時からのステージドリンクだ。ノンカロリーではなく、がっつり糖分入りのコカコーラしか飲まない。なので3rdアルバムのタイトルは『SUGAR HIGH』。

レコーディング中もコカコーラを飲み、いくらコーラを飲んでもげっぷが出ないのは、ファンにはよく知られた話。

昔のステージではコカコーラのラベルを隠していることもあったが、JOIN ALIVEのスポンサーが寛容だったということではないか。

鬼束ちひろはよく誤解されるような、アルコールや薬物の中毒はない。鬼束一家は全員お酒が飲めない体質であることは『月の破片』に詳述されている。

また、彼女はタバコも吸わない。僕もタバコを吸わないので、喫煙者のとなりに座れば、とくに女性の場合は髪の毛から煙の匂いがするのですぐ分かる。

渋谷の個展会場で、僕は彼女のとなり50センチくらいの距離にずっと座っていたし、ハグもしてもらったが、彼女からタバコの匂いはまったくしなかった。

彼女は2002年ごろ、『月光』がブレイクした後の超過密スケジュールのため、不眠症になり、今でも不眠症の薬を飲んでいる。仮にアルコールや薬物に依存していれば、睡眠導入剤との副作用で、とっくに体を壊しているはずだ。

『月の破片』で本人も書いているように、鬼束ちひろはとにかく体は丈夫らしい。例の殴打事件でも、医者が驚くほどケガの回復が早かったという。

さて、神経質に歌詞やセットリストを片付けた後、突然のメンバー紹介、ナゾのポーズでの退場。これらも、予期不安が耐えがたいレベルになっていたと仮定すれば納得がいく。

ともかく一刻も早くステージを降りないと、ステージ上で倒れてしまうかもしれない。そんな状態で、メンバー紹介の段取りだけは何とか消化した、といったところだろう。

ナゾのポーズについては、ステージを去るときの照れかくしみたいなもので、これもライブ終わりの彼女の昔からのおちゃめなクセだ。

昔のライブをDVDで見ると、満面の笑みで客席に向かってピース!みたいな感じだが、最近のファッションの変化に、仮に予期不安が重なっていたとすれば、かなり奇妙なポーズになっていただろう。


■レコーディング中心の活動がみんなハッピー?

「鬼束事件⑦その後、観客は取り残された感じで「え・・・え~~」とあぜん。ステージの入れ替えが始まり終了したことを知りました。 #joinalive11」
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今回のJOIN ALIVEの観客のうち、鬼束ちひろの1stアルバムから最新アルバム『剣と楓』まで聴いているファン以外の人たちは、『月光』や『眩暈』のころの彼女の印象しかないだろう。

その頃と比較すれば、ただでさえ10歳も年を重ねているし、ファッションも言行も奇抜だし、ただ言葉を失うしかないのは当然だ。

ただ、最近の彼女の様子を知っていたファンにとって、JOIN ALIVEのステージは7割方は納得できるものだったに違いない。

残りの3割は何かと言えば、秋冬に予定されている2,000人キャパの会場でのライブへの不安だ。

個人的にいちばん心配なのは、今回のJOIN ALIVEのステージで、彼女が舞台上で初めてパニック障害の発作を体験した時のことを、追体験してしまったのではないか、ということだ。

鬼束ちひろは、4thアルバム『LAS VEGAS』の後も約2年間、表立った活動を休止したが、30歳という年齢から、自分には音楽しか生きる道がないことを覚悟している。このあたりも『月の破片』参照。

スタジオ中心の活動なら、舞台の不安を味わうこともなく、自分の好きな作詞・作曲に没頭できる。父親が社長になっている個人事務所のナポレオンレコーズに移籍しており、プロデュースも自分の思うままにできる。

その意味で、5thアルバム『DOROTHY』の制作以降、ここしばらくは、デビュー以来初めてと言っていい、ほぼストレスのない音楽活動をしていたと言える。

ちなみに、例の殴打事件が、鬼束ちひろの音楽性の本質にほとんど影響していないことは、『月の破片』を読むと分かる。むしろ彼女の生活にとっては、宮崎県の実家にいる両親と、妹1人、弟1人の家族以外に、親しい人間関係を作れないことの方が、本質的な問題のようだ。

そんなふうに、ここ2年間ほどはスタジオ中心の平穏な音楽活動をしていた鬼束ちひろが、今回、久しぶりに舞台に上がってみて、予想以上に不安感や恐怖感が強くて自分でも驚いたのではないか。

その結果、パニック発作ギリギリのところまで追いつめられ、ほぼ余裕のない想定外の展開になってしまった、というのが真相のような気がする。これは飽くまで個人的な推測にすぎないが。

今ごろ彼女は、他人に対しては平静をよそおいつつ、不眠症を悪化させているかもしれないし、宮崎の母親に電話をかけまくっているかもしれない。

今回のJOIN ALIVEの前に、お気に入りのニューヨークへ旅行していたのも、何とかステージを乗り切るのための充電を、という一心だったのかもしれない。

個人的には、鬼束ちひろはレコーディング中心で活動するのが、本人にとっても、ファンにとっても結局はハッピーなのではないかと思う。ライブをするなら、キャパの小さいライブハウスだけにしてはどうか。

彼女は『月の破片』の中で、今も自分を応援してくれるファンを大事にしたいという思いを新たにしている。表立ってそれを口にするときは「聴きたくない人は聴かなくていい」なんて、突き放した言葉づかいになってしまうが。

そんなファンとの交流は、何ならUSTREAMやニコニコ生放送など、コストのかからないネット放送で、身近なスタッフを司会に、リラックスしてできる状態でやってはどうか。

渋谷の小さなCAFEで、鬼束ちひろ本人と小一時間、楽しく過ごした僕としては、その方が望ましい姿のような気がする。

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2011/05/16

鬼束ちひろの言行を、やっと興奮が冷めてきたので分析してみた

鬼束ちひろと彼女の個展「BUNNY AND THE PYTHON」の会場で直接会って、1時間弱おしゃべりしてから2日経ち、やっと冷静になってきた。

今日は、鬼束ちひろが最近の攻撃的な外見とどう違ったか、あるいはその通りだったかを分析的に書いてみる。

鬼束ちひろは落ち着きがなく、手足の動きが素早かった。

『月光』が大ヒットしたころ、当時の事務所によって作られた、清楚で透明感があり神聖な...といったイメージと比べると落ち着きがない。もちろんこれがふだんの彼女で、単にマスメディアが伝えていなかっただけのことだ。

彼女の自伝エッセイ『月の破片』にもあるが、当時のマネージャーに毎日のように立ち居振る舞いについて叱られていたのが、彼女にとっていかに苦痛だったか。鬼束ちひろの、よく動く手足や、おしゃべりな様子を目の前で見てよく理解できた。

おしゃべりなだけでなく、話題もころころ変わる。一つの話題についてじっくり話すという感じにならない。

まあ初対面のファンと少人数で楽しくおしゃべりしたいのだろうから、しんみり話しこんでも意味がない。それにしても彼女の頭の回転が速いこともあり、雑談が苦手な僕にとってはそのペースに付いていくのが大変だった。

ただ、それも彼女なりのファンサービスだったのだろう。いちいち解説するのは野暮だが、あえて書かせてもらう。

本人が個展の会場に行くのだから、鬼束ちひろは確実にファンと出くわすのを分かった上で来たはずだ。

『月の破片』で人間嫌い、かつ、過緊張を自認する彼女は、ステージ上のMCも苦手そうだし、個展の会場でファンと会ったときに何を話そうか、あらかじめ考えてから出かけてきたに違いない。

初対面の人と冷淡になり過ぎず、ヘラヘラし過ぎず、ふつうに雑談するのは、人間嫌いにとって難しいことのはず。ただ、相手は自分のファンであり、マスメディアの取材担当者とは違う。

『月の破片』に書いてるように、彼女はファンの存在を自分の活動の支えにしており、あの日、鬼束ちひろはそれなりに「努力」してファンと雑談していたのだろう。初対面のファンたちとの雑談で疲れていないか、やや心配だ。

ところで、行動に落ち着きがないことや、話題がころころ変わるところは、鬼束ちひろが軽度の広汎性発達障害かもしれないことの傍証になりそうだ。

展示作品について、彼女は公式サイトで「手悪さをさせたら一級品!」なんて自虐的なことを書いているが、手先でモノをさわり始めると、急に集中力が高まる場面も見ることができた。

一昨日も書いたように、ファンからプレゼントされたチョコレートの箱が、高級品だけあって、フタと実がすき間なく作られており、彼女の長いつめでは、パカッとかんたんに開かなかった。

ふつうのタレントなら、マネージャーが目の前にすわっているのだから、「ちょっと開けてくれる?」と言って助けを求めるだろう。マネージャーの方から手伝ったかもしれない。

でも鬼束ちひろは時間をかけてフタを自分で開け、マネージャーもそれを気にする様子がなかった。

別に彼女は意地になってフタを開けようとしていたわけではない。そうして指先を動かす種類の作業をし始めると、無意識のうちに作業に集中してしまうのだろう。これも、広汎性発達障害っぽい行動といえないだろうか。

また、あれほど派手なファッションやメイクをしていながら、真面目な性格がふと出てしまう瞬間も何度か目にした。

ファンが買ったTシャツにサインするときは、ファンの子の名前に勝手に別の漢字をあてたりしてふざけていたが、絵の勉強をしている例の男の子のファンがスケッチブックを出したときは、正しい漢字を何度も確認していた。

帰り際に僕と両手で握手をしてくれたときの、礼儀正しさ。

そんなところが、近くで見ていて、すごくいい人だなと思った。

テレビ朝日『やじうまテレビ!』のインタビューで、部屋に入ってくるなり、鬼束ちひろは挑戦的な目つきでインタビュアーを見つめていたが、個展の会場で、ファンの僕らにあんな視線を向けることは一度もなかった。

相手によって接し方が大きく変わるのは、人間嫌いで過緊張な彼女の自己防御だろう。最近の攻撃的なファッションやメイクも自己防御の一つかもしれない。

『月の破片』に書いてあるように、音楽の面と性格の面で、彼女の自己評価は落差が激しい。自分ってスゴイと思う面と、ダメな人間だと思う面の開きが大きい。

自己評価の低い自分をうっかり出さないように、自分をマイナス評価するおそれのある相手には、挑戦的な視線とド派手なファッションで「先制攻撃」しておく。彼女自身がそんなファッションを楽しんでいるのは当然だが、一方ではそういう自己防御にもなっているのではないか。

「先制攻撃」をしておくことで、自分の過緊張のために一言も話せず、取材そのものが成立しない最悪の事態を避けているのだろう。

それは、過去、メディアに登場した鬼束ちひろの姿と比較すればわかる。

『LAS VEGAS』リリース時の、エキサイト・ミュージックのインタビュー記事で、インタビューダイジェストの動画を見てみる。

当時の彼女はインタビュアーの質問に対して、異常なほど寡黙で、表情は眉間にしわを寄せたまま凍りついている。無防備な彼女は、取材一つにしてもこれほど緊張して何も答えられなくなるということだ。

さらにさかのぼって、東芝EMI在籍時代、メジャーなテレビ番組に出演していたころの彼女をいま改めて見ると、はにかみや可愛らしさは、明らかに「からまわり」している。事務所に「させられている」感たっぷりだ。

いまの鬼束ちひろの先制攻撃的なコミュニケーションも、『LAS VEGAS』当時の極度に防御的なコミュニケーションも、デビュー当時の過剰演出も、どれも彼女にとって楽ではないし、自然ではないはずだ。

しかし『月の破片』に書かれている家族関係を見る限り、今の彼女の振る舞い方が、ベストではないにしても、セカンド・ベストなのだと思われる。

彼女もバカではないので、先制攻撃的なコミュニケーションをすることで、相手を多少なりとも驚かせることくらいは分かっている。

ただ、そうすることで、自分の過緊張のために仕事を決定的に破たんさせることは避けられるし、自分としてもなんとかやっていける。

鬼束ちひろは、たぶんそこまでいろいろ考えて、何とかすべてをバランスさせた上で、今のファッションを楽しんでいるのだ。クスリでラリっているわけでも、頭がおかしくなっているわけでもない。

僕は彼女のすぐ左どなりにずっとすわっていたが、髪の毛からタバコの匂いはまったくしなかった。もちろんタバコを吸うこともなかった。

また、『月の破片』に書いてあるように、鬼束一家はお酒が飲めない。僕と同じで、遺伝的にアルコールを分解する酵素が少ない家系なのだ。

個展の会場に足を運んで、実際に彼女が描いた抽象画を見ればわかるが、クスリをやっている人間が、指先を動かす作業に没頭するというのは不可能だ。

クスリをやっている間は活動的になり過ぎて、黙々と作業するどこではないだろうし、クスリが切れればイライラで集中力がなくなる。

そもそも不眠症で睡眠導入剤を処方されている彼女が、覚醒作用のある薬に依存する必要性はない。依存する必要があるとすればダウナー系の薬だろうが、彼女はすでに不眠症とパニック障害治療のために、医者から処方された薬に頼っている。

頭の悪い人間や、平凡すぎる人間には、彼女の最近の言動は「ついに気が狂ったか」としか理解できないのかもしれないが、小一時間いっしょに過ごしてみれば、何もヘンなところがないのはすぐに分かる。

鬼束ちひろのインタビューの受け答えが、一見、支離滅裂な点も、攻撃的なファッションも、彼女のもともと過緊張な性格や、軽度の広汎性発達障害と思われる衝動性や落ち着きのなさから、合理的に説明がつく。

まわりくどい説明になったが、鬼束ちひろと雑談した短い時間でも、彼女の人としての魅力、どうしようもない生真面目さにふれることができ、僕はとてもとても幸せだった。

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2011/05/14

鬼束ちひろにキスマークをつけられた件

鬼束ちひろの個展『BUNNY AND THE PYTHON』が、2011/05/09~2011/06/04の期間、渋谷SUNDALAND CAFEにて開催されている。

SUNDALAND CAFEのウェブサイトより(2011/05/09)

ということで今日、会場のSUNDALAND CAFEに行ってきた。

渋谷の宮益坂、明治通り側はほとんど行ったことがないので、スマートフォンのグーグルマップをたよりにコンパルビルを見つけ、明治通りを見下ろせる窓つきエレベーターで5階に降りた。

はっきり言って、雑居ビルにあるこういうこじんまりしたお店は苦手。しかも思ったよりずっと小さなカフェだったので、入った瞬間、さっさと展示物を見て帰ろうと決意した。

店内を見わたすと入口にいちばん近いテーブルに、女性が5、6人すわって談笑している。

鬼束ちひろファンどうしでうちとけて、鬼束話に花を咲かせてるんだ、と思いつつ、視線をあわせないように、壁ぎわに並べられた鬼束ちひろの「手悪さ」の成果を見ようとした。

すると視線の片隅に、全身ラメラメでメイクもケバい女性が1人。どうしても無視できずふり返ると、はたして鬼束ちひろ本人だった。

数秒間、言葉を失って彼女の笑顔を見つめた後、驚きで「どうも」としか言えなかった。

すすめられるままに、鬼束ちひろのすぐ左どなりの席にすわらせてもらうと、カフェで販売していた、有賀幹夫氏撮影による鬼束ちひろの写真プリントTシャツに、ファンが一人ずつサインをしてもらっている。

というか、鬼束ちひろって、こんなによくしゃべる人だっけ。

しかも、初対面のファンたちと、まるでずっと前から親友だったかのようにおしゃべりしまくっている。

おかげで僕は、鬼束ちひろの正面に座っている女性が、右手首に鮮やかな色のタトゥーをくるっと入れて、彼女がサインをするときTシャツをおさえていたのだが、それが鬼束ちひろのマネージャーの小夏さん(?)だと気づくのに、しばらくかかった。

やや冷静になった僕は、ここはミーハーに行動しないと、生涯の損失を今の低い金利で割引いても、Tシャツの価格の4,800円の少なくとも38倍になると思ったので、入口のカウンターでMサイズを購入した。

次にサインをお願いしようと、鬼束ちひろのすぐとなりの席にもどったら、彼女がお手洗いに立ったりしたので、「やっぱり誰にでもサインするなんて虫のいい話はないよな」とソワソワしていた。

そしたら、しばらくして鬼束ちひろがテーブルにもどってきて、僕に向かって言った。

「着てあげようか」

僕は「えっ」と驚くことしかできなかったけれど、彼女は僕が持っていたTシャツをラメのトップスの上から着てくれた。そして、なぜか小林明子の『恋に落ちて』をひとふし歌った。

他のファンのみなさんはきょとんとした顔をしていたが、いま思うと鬼束ちひろは僕の外見から、僕の年齢なら分かるだろうと思って口ずさんでくれたのかもしれない。

僕の左手の薬指の結婚指輪にも、気づいていたのかもしれない。不倫ドラマの主題歌だからね。

Tシャツを脱いで、彼女はそのまま席にすわるかと思ったら、脱いだTシャツを僕の胸に合わせ、Tシャツの上から僕の右肩に思いきり唇を押しつけた。キスマークを付けるためだ。

彼女のふるまいは、いちいち絵になる。あの場所でただカメラを回すだけでも、ドキュメンタリー映画ができただろうな。

席にすわると、鬼束ちひろは「BUNNY AND THE PYTHON」とプリントされた面をテーブルに広げ、向かいの席のマネージャーさんがTシャツをおさえた。彼女が僕にたずねる。

「名前はなんていうの?」

「いろいろあるんですが...」

「そりゃやっぱり本名がいいよ」

「じゃあ、コウイチで」

「どういう字?」

「えっと...」

「わかった。あたしが考える」

ということで、鬼束ちひろは僕に「KOー市」というあだ名をつけた。そしてその横に「どうもありがとう」とまで書いたところで僕が

「けっこうまともなこと書きますね」

とつぶやいたら、「とか思わんよ。」と付け足した。「どうもありがとうとか思わんよ。鬼束ちひろ」。なんの屈託もない、素敵なアイロニーだ。

それからじ写真がプリントされた面にうら返して、自分の写真の口のところに、ぺろっと出した舌を書き加えた。

「ライブに来たら、こうやって引っ張って見せてよ」

「ありがとうございます」
Sundalandcafe2011051402s

恐縮する僕に、鬼束ちひろが続けて言った。

「写真はいいの?」

「いいんですか」

僕はカバンをさぐりながら、

「たまたまデジカメを持ってたんですよね」

と言うと、

「たまたまとか言って、んなわけないじゃん」

とお約束のツッコミ。彼女はファンのみんなといっしょに笑っている。

やっぱり僕は、昔から鬼束ちひろの友だちだったのかもしれない。なんたって、「KOー市」というあだ名、発音しただけでは分からず、文字にしない限り分からないという、すごいあだ名まで付けられているのだ。

僕にあだ名を付けた人間は、ここ15年くらい一人もいなかったのに、鬼束ちひろは初対面の僕に、ほんの一瞬であだ名を、しかも「エクリチュール」にしなければ分からないという、すごく哲学的なあだ名を付けてしまった。

ひどく人間ぎらいの僕に、ずけずけと話しかけ、「どうもありがとうとか思わんよ。」というアイロニーまで投げつけ、遠慮のないあだ名までつけているのに、ずっと前から友だちだったんじゃないかと思わせてしまう。そういう人に、僕は今まで会ったことがない。

そんな鬼束ちひろが気狂いだとしたら、たぶん狂っているのは世界の方だ。

なんてね。

ツーショット写真のシャッターは、マネージャーさんが押してくれた。鬼束ちひろは僕の右腕にしがみついてくれた。まるで彼女が僕のファンみたいにして。

(ちなみに、マネージャーさんに撮ってもらったツーショットの写真をアップしようと思っていたけれど、今はそんな気分になれない)


それから、若い男の子のファンが店に入ってきた。絵の勉強をしている彼も、鬼束ちひろが一度身につけたTシャツに、「SHU-Hey!」という「あだ名」をサインしてもらった。

「温めてあげる」

と、サインしたTシャツを鬼束ちひろは、おどけて抱きしめてから彼に手渡した。その彼は驚いたことに、もしかすると鬼束ちひろがいるかもしれないと、途中でチョコレートをプレゼントにもってきていた。

「僕、絵の勉強をしてるんですけど」

彼が小さなスケッチブックと白の鉛筆をバッグから取り出すと、鬼束ちひろはその見開きに、こんどは彼の名前の正しい漢字を確認して書いてあげてから、Tシャツとは別のメッセージを書き入れた。

独特の語感をもつそのメッセージの内容は残念ながら思い出せないけど、やっぱり優しいアイロニーだった。

そこへもう一人、わざわざ群馬から来たらしい若い女性のファンが入ってきた。同じようにカフェの入口でしばらく呆然として鬼束ちひろの笑顔を見つめてから、すすめられてマネージャーさんの隣の席にすわった。

若い男の子が買ってきていたプレゼントのチョコレートは、かなり開けづらい箱だったけれど、鬼束ちひろはファンと談笑しながら、真っ赤な長いネイルで、長い時間をかけて、大切そうにふたを開けた。

中身は4つのチョコレートだった。

「ジャンケンして勝った人が食べられる!」

「いいんですか?」

「最初はグー、ジャンケンポン!」

というわけで、僕は食べられなかったけれど、見事勝利した鬼束ちひろと、プレゼントした本人の彼と、他の女性ファン2人がそのチョコレートを口に入れた。

「固くない、これ」

彼女らしい、ひとこと。今日、東京は暑くて、保冷剤でチョコレートがよく冷えていたらしい。

それから鬼束ちひろは、何がきっかけでファンになったのかとファンのみんなに質問して、『月光』とくると「やっぱりそうだよね」とか、それが中学生の頃だと知ると、中学生のころはどんな音楽を聴いてたかだとか、ふつうにおしゃべりをしていた。ふつうのおしゃべりが、まるで奇蹟みたいなふうに。

やっぱり僕は昔から鬼束ちひろの友だちだったに違いないと思って、たまたま店内のBGMがワム!たっだので、

「これってワム!ですよね」

と話しかけたら

「うん。さっき言って、かけてもらったの」

とふつうに答えた。すると鬼束ちひろは突然思いついたらしく、

「超イントロクイズ!」

と言うと、席にすわったままで口ずさみ始めた。

「すーべーてに おーいーて げーんかく てーきーで...」

「はい!『嵐ヶ丘』」

「ピンポン、ピンポン。じゃあね...なんーとかー うまくこーたえーなくちゃー」

「はい!『インファクション』」

「は?インファ...?」

「はい!『感染』」

「日本語に訳しちゃってるよ」

鬼束ちひろが生で口ずさむ『嵐ヶ丘』や『infection』を、当たり前のように聴けてしまうのは、きっとあの場にいたのが彼女の「親友」ばかりだったからだ。

彼女の右どなりにすわっていた親友は、大阪から上京してきたらしく、鬼束ちひろはその子がバカなことを言うたびに、頭を思い切りはたいてツッコミを入れていた。

そんなムダ話をしているうちに、次の仕事の時間になったようで、鬼束ちひろはマネージャーと席を立った。

「じゃあ、今日はどうもありがとう」

そう言うと、親友を一人ずつハグして(僕は既婚者なのでさすがに遠慮したけど)、個展会場のカフェを出て行った。

彼女が去ったあと、僕を含めた6人は、今のが現実だったんだろうか、みたいな感じで、大阪から出てきてた子は「何回、頭はたかれたんやろ」とよろこび、そうそう、肝心の展示物を見ていなかった、ということで思い思いに鬼束ちひろの「手悪さ」の成果を見はじめた。

グラムロック時代のデヴィッド・ボウイの写真や、ジャクソン5の『ヴィクトリー』のLPジャケットに金色のマジックで英語の詩を書いたもの。

鉛筆の驚くほど精緻な抽象画。

筆ペン(?)で書いた、未発表の歌詞。

蛍光色の三匹のクマのぬいぐるみが、黒のビニールテープで目隠しされていて、お腹の部分に一文字ずつ「F」「B」「I」とやはり黒のビニールテープで書かれたオブジェ。

などなど。

展示されていた未発表の歌詞はどれも、彼女の書くメロディーが付いて、彼女自身が歌ったら、どんなに素晴らしい作品になるだろうと思わせるものばかりだった。次のアルバムをいつでも出せそうな感じだ。

ただ、一人だけいい年をしたオッサンの僕はさすがに居づらくなり、鬼束ちひろの親友のみんなにあいさつをして帰ろうとした。

そしたら何と鬼束ちひろがマネージャーと店にもどってきた。仕事の時間が変更になったらしい。といっても、気恥ずかしがったりすることなく、また自分の部屋に戻ってきたよ、という感じで。

正直、もう少しその場にいたかったけれど、あまりミーハーすぎるのも見苦しい気がして、やっぱり帰ることにした。

鬼束ちひろは、さっきのテーブルと入口のドアをはさんで反対側にあるソファーに座っていた。帰ろうとする僕が何かを言おうとするよりも先に、

「今日は本当にありがとうね」

と笑顔で立ち上がって両手を差し出した。僕は彼女と両手でしっかり握手しながら

「ありがとうございます。ライブあったら、絶対行きますんで」

と言って、個展の会場を立ち去った。


これが、今日あった出来事。


今日、すぐそばで話した鬼束ちひろの外見は、たしかに先日のラフォーレ原宿での試聴会や、『やじうまテレビ!』のインタビューで見たとおり、真っ赤に口紅を塗り、パープルのアイシャドウが濃くて、カラーコンタクトを入れ、ラメのトップスで、10年前の彼女とあまりに違っていて、何があったのかと言いたくなるかもしれない。

ただ、僕にとっては、生まれてから今までこれほど心をつかまれる歌手はいなかったし、奇妙なことだけれど、これほど身近で、同時にこれほど手のとどかない「スター」はいなかった気がする。

直接会って、すこし話しただけなのに、どうしてたくさんいるうちの一人のファンでしかない人間を、うざったいと思わせない絶妙な、ほんとうに絶妙な距離感で、これほど大切にしてくれたんだろうか。

僕のほうが彼女の書く曲を愛したつもりが、気づいたらむしろ彼女のほうがそれ以上に、ファンである僕を昔からの親友のように大事にしてくれていた。そんな時間だった。

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2011/05/07

鬼束ちひろは発達障害?自伝『月の破片』を読む(2)

引き続き鬼束ちひろの自伝エッセイ『月の破片』の記述の中から、彼女が発達障害ではないかを検証してみる。

ちなみに「発達障害」という語感から、知能の遅れと誤解する方もいるかもしれないが、発達障害の中には知能の遅れがないものもある。鬼束ちひろは英語の成績が良かったことや、英語で作詞をすることからも、知能に全く問題がないことは言うまでもない。

さて、彼女が小さいころから機械モノが苦手だったという部分(p.020)。

発達障害の解説書によれば、発達障害の子供は協調性が求められる団体スポーツだけでなく、道具をつかうスポーツ、球技やなわ跳びも不得意で、一人きりでする運動ならできることが多いとされている。『月の破片』には、ズバリの記述がある。

「そういえば、走るのは速かったけれども、球技は全然ダメだった」(p.020)

「ストイックなこの競技(注:中学時代の陸上部でやっていた短距離走)は、性に合っていた。何よりも個人競技っていうところが、ぴったりだ」(p.034)

この点も、彼女の発達障害を疑わせる根拠になるだろう。

また、対人関係における協調性のなさ、つまり日本的な学校生活に適応できなかったことについては、彼女のデビュー曲『シャイン』の歌詞にも書かれているが、『月の破片』ではp.032からの「学校」という章で細かく書かれている。その他にも多くの場所でふれられているので、ぜひ原文をお読みいただきたい。

彼女自身は、小学五年生のとき、突然いじめられるようになった原因を、成績が良く、短距離走も速かったことへの嫉妬だとしている。

しかし、僕は個人的に、彼女があまり空気を読まずに、同級生の子たちを見下すような発言をしていたためではないかと、勝手に想像する。もちろん悪意からではなく、発達障害特有の、相手の言外の感情を読みとるのが苦手という特徴のためだ。

p.064から始まる大ヒット曲「月光」についての章では、この曲のヒットで多忙になるにつれて、鬼束ちひろの対人スキルの問題が顕在化し、同時に、当時のマネージャーが彼女の社会適応性のなさを叱責しつづけたことで、二次障害が悪化していく様子がうかがえる。

鬼束ちひろにとって救いなのは、とにかく母親が彼女の状態の変化を、故郷の宮崎県に離れて生活しながらもよく観察していて、無意識のうちに、二次障害が重くならないように彼女をサポートしつづけたことだろう。

そうした母娘の愛情あふれる関係、やや母子癒着的な面もあるが、そうした関係は本書『月の破片』の各所に現れている。鬼束ちひろは本当に母親を愛しているということが、痛いほど分かるのだ。

p.071からは、ついにパニック障害と不眠症の発症の話になる。

パニック障害については、「パニック障害という病気をそのとき初めて知ったけれども、不可解な症状にきちんとした病名のあることが判明して、ほっとした部分もあった」(p.075)と書いている。

ただ、彼女がステージ上で襲われたのが、広場恐怖かどうかは、やや疑わしい。というのは、「私の場合は、過呼吸やめまいといった症状は特になく、お客さんが悪魔に見えるという一点に集中していた」(p.074)とあるからだ。

パニック障害が認知の問題を引き起こすということがあるのだろうか。個人的には、一般的なパニック障害という診断は不適切だったのではないかと思う。

p.078からは活動休止期間中について書かれている。やはりこの期間も陰性症状は出ておらず、陽性症状が目立つ。

「休業中にやっていたことは、主に買い物。洋服だけでなく、いろんなものを買い漁った。音楽活動休止という周りに心配されてもおかしくない状況と、実際の私の心情はかなりかけ離れていた。そう、私はいたって元気いっぱいだった」(p.079)

これはうつ病ではない。いろんなものを買い漁ったくだりについては、衝動性と、買い物という行為自体への依存が疑われる。

彼女はこの自伝『月の破片』で明記しているように、お酒がまったく飲めない。その代わりにコカ・コーラ依存であるのは有名な話だ。

活動休止中は、特に彼女が唯一社会的に評価をうけていた音楽活動から離れたことによる不安を、買い物依存で埋め合わせていたと考えられないだろうか。

この休止期間中に、娘を心配して上京した家族に「暴れん坊」的な八つ当たりばかりしていたことも、正直に書かれている。

「どうにもならない自分にやきもきして、東京にわざわざ出てきて私の世話をしてくれている母親に八つ当たりばかりした。私も泣いていたし、母もよく泣いた」(p.081)

「面倒を見るために上京してくれていた母に対する八つ当たりも、エスカレートする一方。珍しく一緒に上京していた父が、荒みきった娘を見かねてついにぶち切れた。
『お前がちゃんと立ち直らんと、いかんだろ!』
そう言って私の頭を手で押さえ、床にそのまま叩き付けた。耳を激しく打って、怒りのあまり体が震えた。よりによって、一番大事にしている耳を狙うなんて。いくらお父さんでも許せない!」(p.011)

このあとの鬼束ちひろのとった行動が、不思議と笑えるのだが、それはいいとして、活動休止中、おそらく鬼束ちひろは身の回りのことを自分でこなすこともできず、母親に頼り切りだったらしいことが分かる。

他の場所で、彼女は料理を一切しない書いているが(p.85)、音楽活動を休止して、社会的評価を受けられなかったこの期間、身の回りのことができないという発達障害の特徴が、もろに出ていて、彼女の父親まで激昂させたのではないか。

以上のような点からも、鬼束ちひろが知能に異常のない発達障害である疑いが濃厚という気がする。

発達障害を疑わせる記述はまだ出てくるので、引き続き自伝エッセイ『月の破片』を読みつつ、検証してみたい。

(つづく)

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2011/05/06

鬼束ちひろ『剣と楓』レビュー(4)作詞態度そのものの変化

鬼束ちひろ『剣と楓』について、わかったような気分になれるレビューを、数回に分けて書いてみるシリーズ。

今回も引き続き歌詞について。

3曲目の『EVER AFTER』と9曲目の『CANDY GIRL』については、レビューすべきではないだろう。自伝エッセイ『月の破片』の中で鬼束ちひろが書いているように、この2曲は某アイドルグループを念頭に書かれた曲だからだ。

それはこの2曲とも、一人称が「僕」「僕ら」になっていることからも分かる。『CANDY GIRL』は完全に男の子目線で女性(CANDY GIRL)を見つめる歌詞だ。

以前の曲でいえば『Sign』にあたる。鬼束ちひろは第三者の立場で俯瞰し、他人のための脚本を書くように書いた歌詞ということだ。『Sign』もやはり明らかに男の子目線で女性に対して書いた歌詞だった。

『Sign』との違いをあえて書くとすれば、『Sign』がシングルだけの発売だったのに対して、同じタイプの曲が2曲もアルバムに収録されたことだろう。

彼女曰く「降りてくる」としか表現しようのないソングライティングにおいて、自分の書く歌詞や曲に一定の距離をとることができるようになってきた証拠だ。それがファンにとって良いことなのかどうかは別として。

そして『Sign』と、『EVER AFTER』『CANDY GIRL』のもう一つの違いは、脚本の中に描かれた男の子と女性の距離感だ。

『Sign』はよく冗談でストーカーソングと呼ばれるように、主人公の男の子は女性から、少なくとも「星屑を降らせて音を立て」たり、「煌めく夜汽車」を走らせるくらいの距離がある。

それくらい遠大な距離があるのに、「いつだって泣きたくなる程にただ君の事を考えている」ところが、ストーカーソングと呼ばれる理由なのだろう。

僕個人は、意外に鬼束ちひろが上京したときにあきらめた、遠距離恋愛(詳細は『月の破片』を参照のこと)をほのめかしているのではと思うのだが。

そんな『Sign』に対して、『EVER AFTER』は明確に二人でいっしょにこれからの物語を描こうという強い意志に満ち溢れている。アニメのオープニングテーマじゃないかという、恥ずかしいほどのポジティブさだ。

だから誰かこの曲で『交響詩篇エウレカセブン』のMADを作ってくれないかなぁと、個人的に期待しているのだが。

重要なのは鬼束ちひろが、客観的に、確信犯的に、その恥ずかしいほどのポジティブさを演出しているという点。

この歌詞の中では、あらゆる「絆」、あらゆる「答え」、「幸せの定義」、「きれいな言葉」、「広がる世界」といった、抽象性がすべて捨て去られ、二人の関係性が遍在する世界観になっている。

最近のアニメでくり返し主題歌される、いわゆる「セカイ系」だ。世界全体が二人の関係性を支えているのではなく、二人の関係性が世界全体の命運を握っている、そういう極めてヲタク的世界観が、『EVER AFTER』にはあざやかに書かれている。

対して『CANDY GIRL』は大人の女性の魅力に惑わされる男の子といった感じ。5th『DOROTHY』の『STEEL THIS HEART』が女性から男性への誘惑とすれば、この曲は逆方向。二人の関係性だけが存在する世界観は同じで、やはり『EVER AFTER』と同じく、底抜けに明るい。

「その口唇に架かる虹を渡って/辿り着くよ」

なんて、以前の鬼束ちひろにはぜったい書けない歌詞ではないかと思う。

この2曲『EVER AFTER』と『CANDY GIRL』は、鬼束ちひろの歌詞の内容の水準だけでなく、彼女が歌詞を書くときの観点や態度というメタレベルでも、以前と大きく変わっていることを、はっきり示している。

この鬼束ちひろの新しい側面がイヤなのだとすれば、そういう聴き手の独りよがりには同情するしかない。今の鬼束ちひろを嫌い、昔の鬼束ちひろだけを受け入れるファンは、自分の期待を相手に押しつけているだけの、まさにストーカーだ。

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鬼束ちひろ『剣と楓』レビュー(3)世界に対する態度変更

鬼束ちひろ『剣と楓』について、わかったような気分になれるレビューを、数回に分けて書いてみるシリーズ。

今回も引き続き歌詞について。

2曲目『夢かも知れない』の歌詞を読むと、今までにない状況描写で始まり、彼女の作詞に大きな変化起こっていることが分かる。

「桜散る路で正気に戻る」
「踏みしめる足で坂道を登る」
「古びたベンチに荷物を置く」

日常的な風景を思い浮かべられるこのような歌詞は、たしかに鬼束ちひろらしくないと言えばそうかもしれない。

典型的には『Castle・Imitation』に見られるような抽象的な単語の羅列が、鬼束ちひろ自身にとっては、もう「若気の至り」になっているということだろう。

「有害な正しさをその顔に塗るつもりなら私にも映らずに済む/
 燃え盛る祈りの家に残されたあの憂鬱を助けたりせずに済む」
(『Castle・Imitation』の冒頭)

30歳のシンガーソングライターがこんな青臭い歌詞を書いていたら、それこそ「痛い」ということになる。

自伝エッセイ『月の破片』では、鬼束ちひろ自身はいつまでもガキのままでいると、成熟を拒否している。しかし、1stアルバムから3rdアルバムまでの、事務所がつくり上げたニセのイメージまで、いつまでも引きずるつもりはない、ということだ。

ただし「夢かも知れない」の歌詞には、変わらず鬼束ちひろらしい諦めや絶望は、しっかりと残っている。

「私は崩れよう/世界がこうして窮屈なら/叶うはずもない」
「私は堕ちよう/世界がうまく回らないなら/叶うはずもない」

しいて言えば、『月光』の有名な歌詞で、私は腐敗した世界に「墜とされた」神の子だったのに対して、今の鬼束ちひろの書く歌詞は、自ら崩れること、堕ちることを選んでいる。

世界が自分の意のままにならない諦めや絶望はそのままだが、そういう世界に私は「堕とされた」のか、「私は堕ちよう」なのかは、大きな違いがある。

言ってみればその主体的選択のような意思は、この『夢かも知れない』の歌詞の中で唯一英語の部分に、はっきりと宣言されている。

「If you are a dream/
I'll choose a dream」

「もしあなたが夢ならば、私は夢を選ぼう」という覚悟。もちろんこれは単なる恋愛にとどまらず、自分の意のままにならない腐敗した世界全体に対する、大きな態度の変化ととるべきだろう。

つまり1曲目の『青い鳥』が、音に導かれた終のない音楽の探求の始まりを告げているが、その探求において、鬼束ちひろが世界に立ち向かうときの態度を、より主体的なものに変えつつある。

それが『夢かも知れない』の歌詞から読みとれる、鬼束ちひろの表現の上での大きな変化である。

(つづく)

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